2025年10月19日日曜日

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ホーム社会訪問介護 見合わぬ給与に離職続く

訪問介護 見合わぬ給与に離職続く

介護職員の人手不足進む

サービス安定化へ報酬見直しの声 

 高齢者の在宅介護の要である訪問介護事業の現場で、不安の声が上がっている。ニーズは高まる一方で、昨年度、厚労省は利益率が高いという理由から訪問介護の基本報酬を2~3%引き下げた。しかし報酬引き下げの裏で職員の人手不足は深刻化。人員確保のためには給料を上げるしかないと、介護保険制度の見直しを求める声が現場からは上がる一方、今年上半期の「訪問介護事業者」の倒産件数は45件と、同時期では過去最多を更新した。安定した介護サービス提供が困難になる可能性がある。

介護事業者の人手不足深刻に

仕事をする「ケアサービス青空」の職員たち(2025年6月20日11時26分、東京都練馬区ケアサービス青空)神田夏希撮影

 訪問介護は利用者の自宅を回り、料理や掃除、買い物といった生活援助や、利用者の身体に直接触れて行う身体介護を含むサービスからなる。訪問介護事業を展開する「ケアサービス青空」(東京都練馬区)の金井明子さんは1日に5〜6件の家を訪問し、1件あたり30分〜1時間の支援を行う。担当している利用者以外にも、急な連絡で別の利用者宅に行かなければならないこともある。金井さんによれば、利用者と1対1になることは訪問介護特有の大変さだという。「施設では何かあればその場で(他の職員に対応の仕方を)聞けるけれど、訪問ではその場で電話するわけにもいかないし、とりあえず場を収めなきゃ、となる」と話す。

 「ケアサービス青空」は従業員が7名の小規模な事業所だ。個別対応が求められる訪問介護サービスの性質上、小規模な訪問事業所は多く、そこでは経理などの事務作業も従業員一人当たりの負担が大きくなる。「ケアサービス青空」では金井さんが多くの事務作業をこなしており、「利用者さんの家に行くより、ここ(事業所)での作業の方が大変」だと嘆く。従業員はやめる一方で、解決策は見つかっていない。

ケアマネは「サブスク」 頑張っても報酬は増えない

「ケアサービス青空」事務所(2025年6月20日11時33分、東京都練馬区)神田夏希撮影

 利用者と、ヘルパーや通所介護サービスをつなぐハブとなるのがケアマネジャーだ。要介護1~5の利用者宅には月に1度、要支援1,2の利用者宅には3か月に1度訪問して話を聞くことが義務付けられており、予定表の送付やケアプランの作成、利用者の介護保険の申請手続きなど、業務内容は多岐にわたる。

「ケアサービス青空」の社長で在宅ケアマネジャーとして働く渡辺貴子さんは、「ケアマネジャーは月定額のサブスク」と語る。介護保険制度では介護業務ごとに事業者が受け取る報酬額を国が決め、大半を自治体が、一部を利用者が支払う仕組みだ。その仕組みのもとで、ケアマネジャーに対してはひと月の報酬が定められている。事業者がサービス料を自分で決めることはできず、その月の利用者一人に対する仕事が増えても、報酬が追加されることはない。1人当たり44人まで利用者を抱えることができるが、それを超えて利用者を抱えると報酬は減額される。「1人に対するケアの質が低下する」ためだという。

 さらにケアマネジャーは、一度資格を取ればずっと働くことのできるヘルパーと異なり、5年に1度の更新が必要となる。特に渡辺さんのような主任ケアマネジャーは更新のために88時間の研修が必須であり、研修費用は自己負担だ。ケアマネジャーを続けることへのハードルが高く、やめてしまう人は多い。「本当になり手がいなくなる」と渡辺さんは懸念する。

住み慣れた自宅での介護 支える職員たち

 厳しい条件の中でも介護の現場に携わり続けるのは、「おじいちゃん、おばあちゃんが好き」という思いから。ヘルパーの金井さんは、介護業界にかかわるまでは区立体育館の監視員として働いていた。そこを訪れる高齢者の方たちと仲が良く、「(介護業界に)向いている」と言われたことがきっかけでこの仕事を始めた。「利用者さんは自分のおじいちゃん、おばあちゃんだと思って接する」ことを心がけている。社長の渡辺さんは、「病院で死にたくない、家に帰りたいと(利用者が)言っても、ケアマネジャーがいないと何も手配できない」と、ケアマネジャーとしての責任を強く感じている。入院しながらも家に帰ることを望んでいた利用者が、最期を家で迎えることができたときには安堵し、この仕事のやりがいを感じたという。

「富士見台デイサービスセンター」の森田さん(写真左)と金山さん(2025年6月23日11時55分、東京都練馬区富士見台デイサービスセンター)神田夏希撮影

 訪問介護をはじめとする在宅介護サービスは、施設に入所するのに比べて低額で済む。それに加え、住み慣れた自宅での最期を希望する利用者が多いことから需要は高まっている。デイサービスも在宅介護を支える仕組みの一つだ。自宅での介護を継続しながら週に数回施設に通い、施設でいろいろな人と会い、レクリエーションなどを通して体を動かせる、利用者にとって楽しい場である。「富士見台デイサービスセンター」(東京都練馬区)で相談員として働く森田祐基さんは、「利用者の方がほかのお客様とかかわることで、社会的な孤立を防ぐことができる」とその役割に期待を寄せる。少子高齢化で介護ニーズは増えるのに、職員は慢性的な人手不足という問題を森田さんも懸念しているが、「感謝される仕事」だとやりがいを感じている。所長の金山賢道さんは、「介護が社会にとって必要なサービスであるということを認識してほしい」と話す。

安定したサービス提供へ 希求される制度改革

 「介護福祉士やケアマネの資格を持っていても、現場にいない人たちは結構いる」と「ケアサービス青空」ヘルパーの金井さん。好きという気持ちをもって介護業界に入っても、その大変さに音を上げ多くの職員が離職している。人手不足により訪問介護サービスの提供が十分にできなくなっていく可能性があり、このままではケアが必要な人に行き渡らなくなる恐れがある。金井さんは「介護の担い手を増やすには給料を上げるしかない。20代、30代でこの介護業界のお給料だと、生活していけないのでは」と懸念する。介護に携わりたいという思いのある若い人がいても、今の待遇ではその思いをあきらめざるを得ない状況だ。報酬が上がるチャンスは、国により3年に1度行われる介護報酬改定。しかし、昨年度の改定では利益率が高いという理由から、訪問介護は逆に基本報酬が減額となった。金井さんは現場の実態に見合わないと感じ、「何を根拠にそうなるのか」と疑問を投げかける。確かにサービス付き高齢者向け住宅などを併設した大規模事業所は、効率よく訪問を重ね収益を押し上げている実態がある。しかし「ケアサービス青空」のように、家を1件ずつ訪問する小規模な事業所は赤字続きで、利益率は決して高くない。今後報酬が上がっていかないと小規模の事業所がさらに破綻し、ケアが行き渡らなくなる。人手不足解消のために報酬面の見直しは急務だと、金井さんたちは感じている。