「飼う時の覚悟が非常に大事だと思っています」。人と動物の共生を目指す東京都の機関、動物愛護相談センターの栗田清さんはそう話す。栗田さんは食品・食肉の安全確保や感染症対策、動物愛護管理といった業務を担う公務員獣医師である「公衆衛生獣医師」の資格も持つ。東京都は2019年度から現在まで「殺処分ゼロ」を継続する。病気を持つ保護動物の苦痛からの解放など、動物の精神的・肉体的幸福の観点からやむを得ず処分する「致死処分」か保護後の自然死の2つの理由以外に処分することを「殺処分」と政府は定義する。この殺処分「ゼロ」という数字の裏には、動物愛護相談センターをはじめとする様々な保護施設の活動がある。
9つの譲渡条件 保護犬のために

栗田さんは「飼ってもらわなくていいスタンスでいます」と話す。彼が勤務する本所(東京都世田谷区八幡山)は、いくつかあるセンター事業所の中でも中核機関で、犬・猫などの収容・治療・譲渡業務だけでなく、災害時の危機管理対応など幅広い役割を担う。同施設では、「都内在住」「20歳以上60歳以下」「不妊・去勢手術による繁殖制限の約束」「終生飼育の約束」「今後迎える予定は保護犬のみであり、現在他の犬猫は飼育なし」「家族全員が飼うことに賛成している」「家族に動物アレルギーの人がいない」「経済的、時間的余裕がある」「犬猫の飼育が可能な住居に住む」と9つの厳格な譲渡条件を設ける。ただし、このうち不妊・去勢手術は通常、センターがあらかじめ実施するため、里親側が行う必要はないという。
中でも里親の「20歳以上60歳以下」の条件が大切だと栗田さんは強調する。というのも、施設には動物の引き取りを求める電話が頻繁に寄せられ、その半数以上は高齢者からの相談だという。「入院することになった」「施設に入る」「お金がない」といった飼い主の事情から「終生飼育」を放棄せざるを得ないケースが後を絶たない。このような現状を踏まえれば、60歳を超える飼い主は潜在的に病気などのリスクが高く、仮に譲渡したとしても、保護動物のセンターへの“出戻り”という最悪の状況も想定される。将来を見据えて「適正飼育」が可能かどうかを見極めることは当然であり、里親自身の未来も踏まえてほしいという思いから、あえて厳しい条件を課しているという。
取材した2025年6月11日時点で、本所にいる犬は2匹。その中の1匹である「しげ」は2023年9月から収容されている柴犬のオスだ。詳しい経緯は不明だが、男性に過剰に吠える行動がみられ、譲渡条件を満たす引き取り手が現れないという。それでもセンターにとって殺処分の選択肢は存在しない。職員には人懐っこい「しげ」は、今やアイドル的な存在だ。「譲渡が決まらなければここでずっと飼っていく覚悟です」
栗田さんは「飼い主自身が元気な時にペットをどうするかを決めておくことが大事だと思います」と飼い主の向き合い方についても指摘する。
犬と里親 どちらの幸せも願って
行政だけでなく民間でも、保護犬が新しい飼い主に譲渡されて暮らせるように取り組む団体がある。多種多様な方法で犬の命を繋げることに取り組む。
NPO法人「Small Life Protection」は、2021年から東京都足立区舎人を拠点に「小さな命を守る」を理念として犬猫の保護・譲渡活動を行い、現在は茨城県石岡市で保護犬と泊まれる施設の整備にも取り組んでいる。代表の田口有希子さんは、活動拠点として、新しい飼い主を見つけるために開かれる譲渡会では分かりにくい保護犬のリラックスしたありのままの姿を見てもらおうと、足立区に保護犬譲渡型活動カフェを開設。毎週土・日に12時から17時まで営業し、カフェとしての利用と譲渡活動を並行して行っている。多種多様な犬たちが駆け寄ってくれるアットホームな雰囲気を持つ。駅から近い立地に加え、土日の営業により、譲渡会に足を運ぶのが難しい会社員なども気軽に訪れられるようにしているという。「犬にとっても里親にとってもメリットがある」と田口さんは語る。

同じく、「里親様もそのワンコも一緒に幸せになって欲しい」と語るのはピースワンコ・ジャパン世田谷譲渡センター店長の小池ひな子さんだ。センターでは、実際に散歩を行う様子や里親の住環境を丁寧に見極め、犬と里親の相性を踏まえた上で、譲渡を行う。ピースワンコ・ジャパンはNPO法人ピースウィンズ・ジャパンが運営する、犬の殺処分ゼロを目指す保護犬活動プロジェクトで、2025年夏に里親への譲渡数は5000に達した。
譲渡後、必要なら家庭訪問も
主に広島県で殺処分対象となった野犬を保護・トレーニングし、全国10ヶ所の譲渡センターへ送り届けた後、里親を探す。その1つが2016年に開設された世田谷譲渡センターだ。予約不要で、外の開放的な窓から保護犬たちの様子がよく見え、気軽に立ち寄れる空間が特徴であり、これまで約440匹もの譲渡を行ってきた。元野犬である彼らにとって、家族との生活は初めての経験ばかりだ。「幸せな犬を一匹でも増やしたい」と話す小池さんは、その思いを胸に、一日でも早く家族と暮らせるよう、センターで様々なトレーニングを実施する。生活音に慣れさせるため、施設内全体では常に音楽を流し続ける。また、自分の縄張りを示すために、特定の場所に尿をかけるマーキング癖のある犬には丁寧な教育をすることで、飼い主の選択の幅を広げる。

そして、譲渡が完了してもなお彼らの活動は終わることはない。譲渡後少なくとも1年は、犬の様子を定期的に確認し、必要であればトレーナー資格を持つスタッフが家庭を訪問し、問題に対応する。また、センターを「里」として、月に一度「里帰り」呼ばれる交流会を設けることで、里親にとっての憩いの場を作る。犬とはもちろん、里親へのアフターサポートにも力を入れているという。
「野犬に対して、プラスのイメージをお持ちの方は多くはありません。実際に会ってもらうと、いい子で穏やかだとおっしゃってくださいます」と小池さんは話す。「知っていただけていないのは、まだまだ私達の発信不足。魅力をもっと伝えていかなければ」と、課題も説明した。
【編注】2025年11月2日に公開した記事で、「ピースワンコ・ジャパン世田谷区譲渡センター」としておりましたが、「ピースワンコ・ジャパン世田谷譲渡センター」の誤りでした。また、譲渡センターを「全国8ヶ所」と記しておりましたが、「全国10ヶ所」が正しい数字です。謹んで訂正いたします。なお、あわせて表記の一部を整えました。
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