学内に残る本の拠点――生協ブックセンター
早稲田通りの老舗古書店、安藤書店で見えたのは、街の書店が学生の日常導線から静かに外れていく現実だった。かつては学生が通りを歩けば自然と本に出会った早稲田通り。しかし今、その学生が「本と出合う」という役割は街から大学の内部へと移りつつある。その象徴が、早稲田キャンパス17号館にある早稲田大学生協ブックセンターだ。かつて街の新刊書店や古書店が担ってきた役割の一部を、この空間が静かに受け継いでいる。
書店街が縮小する一方で、大学の中にある生協ブックセンターはなお「本の供給基地」として機能し続けている。しかし、その現場では、街で起きている変化とはまた異なる学 生の読書行動の変容が可視化されていた。

取材に応じた早稲田大学生活協同組合(早稲田生協)理事会室専務補佐の松葉哲史さんは、生協ブックセンターの役割について「学生さんに必要な本を確実に届けることが基本の使命です」と語る。生協は営利企業ではなく、学生の学びを支えるための組織である。利益よりも教材の安定供給を重視しており、教科書の販売期間には学生の列が途切れない。
店内には授業コードごとに整理された教科書の棚が並び、学生が迷うことなく目的の本にたどり着けるよう工夫されている。こうした体系的な陳列は、街の書店にはあまりみられない学習インフラとしての機能を象徴している。一方で、この役割は街の書店とは明確に異なる。かつて早稲田通りの書店街は、学生が偶然足を止め、新しい興味の扉を開くような場として機能していた。しかし生協ブックセンターは必要な本を確実に買う場所として特化しており、偶然性ではなく目的性に支えられている。街の書店が弱まる中で、生協は「学問の基盤を維持する拠点」としてその存在感を強めてきた。街から大学へと重心が移った結果、本をめぐる文化の構造も変わりつつある。その変化をより鮮明にするのが「学生の購買行動の変容」だ。
教科書は売れるが
生協ブックセンターの役割が、大学内で教材を確実に供給する拠点へと収束してきた。その一方で、学生が生協でどのような本を購入しているのかを見ると、売り上げデータにこの10〜20年で明確な変化が生じていた。
2012年に全体6億円(学生利用4.8億円)あった書籍売上は、年を追うごとに減少し、2023年には全体3.0億円、学生利用2.0億円まで縮小した。2024年は全体3.18億円、学生2.23億円とわずかに回復したものの、依然としてかつての半分程度の規模である。
こうした変化について、松葉さんは次のように語った。
「教科書は売れます。ただ、参考書や参考文献の販売は減少が止まらない状況です」。
生協が最も売り上げを伸ばす時期は年度初めの教科書販売だが、それ以外の書籍の動きはかつてと比べて明確に落ち込んでいるという。
かつては、授業で使用する教科書が100冊売れると、関連する参考書が数冊〜十数冊は動いた。しかし現在は、その比率がさらに下がり、参考書はほとんど動かないケースも珍しくない。松葉さんは、その変化を事実として次のように説明している。

「先生が教科書は買いなさいと言うので、学生さんは教科書は買います。ただ、参考文献の購入はほとんど購入の呼びかけはありません。昔は教科書100冊に対して参考書が数冊〜十冊売れていましたが、今はそれも難しいですね」。
ここには、学生が「必要最低限の本」しか購入しなくなっている現実が端的に表れている。この傾向は早稲田に限らず全国の大学で進む現象だが、生協という現場にいる松葉さんの言葉には、変化の実感が強くにじむ。
この背景として考えられるのは、学生が授業外の学習にどれだけ時間や意欲を割けるかという問題である。松葉さんは、あくまで販売現場で確認できる事実として、「生協ブックセンターでは、レポートや試験に必要な教科書は安定して売れ続けている一方で、参考書や参考文献の販売は大きく落ち込んでいる」と話す。
私はこの販売事実から、学生が追加の読書を参考書で補う必要性が、以前より低下している可能性を考えた。現在は、スマートフォン検索やPDF資料、授業スライドの配布など、かつて参考書が担っていた役割を代替する手段が広がっているからだ。
こうした教科書は今も安定して売れ続けている一方で、そこから広がるはずの読書や深い学びへつながる参考書の購入が減っているという事実は、街の書店が担っていた「回遊的な読書文化」の後退とも密接に関係している。
松葉さんの証言は、学生の読書行動が「必要なものだけを買う」方向へと収縮したことを示す重要な事実であり、早稲田の書店文化が直面する構造的な変化を理解する上で欠かせない視点である。
加えて、こうした購買行動の変化をさらに加速させているオンライン書店・電子書籍・PDF資料といった新しい入手経路の広がりがある。
オンライン時代 競合の現実
早稲田大学生協ブックセンターが直面しているもう一つの大きな変化は、オンライン書店や電子書籍との競合である。学生の本の入手経路が多様化したことで、店舗で本を購入する必然性が従来よりも弱くなっている。
松葉さんは、こうした大きく変化している現状について、次のように実感を述べた。
「学生さんは、店で注文するよりも、どうしてもオンラインを選ぶ傾向があります。必要な本が決まっている場合は、ネットで買うほうが早いという感覚があるんだと思います」
生協でも書籍の取り寄せは可能だが、発送まで時間を要する場合がある。一方、オンライン書店では翌日配送が一般化し、電子書籍であれば購入後すぐに閲覧できる。こうした利便性の差が、学生の購買行動を大きく動かしているという。
また、松葉さんは電子書籍やPDF資料の利用が広がっていることにも触れた。授業資料がオンライン配布されることが多くなった現在、紙の教科書を購入する学生は依然として多いものの、「必要な部分はスマホで済ませる」という行動が広まりつつあると感じている。
この変化は、前項で述べた参考書・教養書の売上減少とも整合する。オンラインストアや電子書籍の普及によって、学生が教科書以外の本をわざわざ店頭で購入する理由は弱まっており、その結果、生協の売上構造が教科書中心へとさらに傾いている。
街の書店文化の衰退が続く背景には、本そのものの必要性が失われたわけではなく、入手経路の多様化によって書店に足を運ぶ必然性が薄れたという構造的事情があるのではないか。自己の推測を交えずに淡々と事実のみを語る松葉さんの言葉から、生協ブックセンターが時代とともに変化する購買行動を、大学の内部という場で受け止めていることが伝わってくる。
連載 書店の街はどこへ行くのか~早稲田と本、変わる距離
第1回 書店の街はどこへ行ったのか
第2回 老舗古書店
第3回 大学の書籍基地
第4回 早大生と本(前編) その心に書店は
第5回 早大生と本(後編) 5つの距離感
第6回 VR古書店(前編) 文化推進学生アドバイザー
第7回 VR古書店(後編) 次代に何を残すのか
最終回 書店文化は終わらない
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