世界有数の鉄道大国である日本で、朝のテレビ報道やX(旧Twitter)でのトレンドで「〇〇線遅延」を知らされることも多い。人身事故を防ぐため、西武鉄道はAIの技術や3Dカメラなどのハイテク技術を駆使し安全性向上に取り組む。一方鉄道事故の中でも自ら車両に飛び込む自殺について、精神科医は決行する人の9割に精神疾患があると指摘し、未然に防ぐための声かけや診療などアナログな手段で命を守ることを提案する。さらに、自殺をあたかも「けじめ」のようにみなす東アジア的な捉え方に触れ、こうした考えに根本的な変化をもたらすための「教育」に眼差しを向ける。
西武鉄道「安全対策積極的に」

西武鉄道が導入した技術は「踏切滞留AI監視システム」と「3D画像解析踏切システム」だ。西武鉄道広報部の森川颯太さんによると、「踏切滞留AI監視システム」と「3D画像解析踏切システム」は踏切内での事故を避ける目的でメーカーと共同開発したシステムであり、これまでは人が非常ボタンを押していたが、踏切内に立ち入った人を高い性能で検知するシステムにより列車へ停止信号を示すという。AIアルゴリズムにより高い精度で迅速に踏切道の自転車や人の検知を行い、3Dカメラを使った高精度画像解析システムでも取り残された人の検知を行う。2023年までに9ヶ所の踏切で設置をしており、今年度も新たに2ヶ所への設置を予定している。既に事故を未然防止する実績も出ているというが、具体的事例については明らかにしなかった。
一方、森川さんは最新技術でも防ぐことができないものもあると言及し、特に遮断機が降りた後にあえて踏切に侵入してしまうなど、通常の想定を超えたケースは防ぐことができないことから通行人のマナーの向上を課題として挙げた。またコスト面については、当該技術やホームドアを含む安全対策の実施は利用状況を総合的にみながら判断をしているとの説明に留め、詳細については言及を避けた。今後も安全性を向上させるべく、様々な施策を積極的に講じていく」と話した。
アナログかつ最も強力な自殺対策

早稲田大学初の常勤精神科医として、同大学保健センター内の精神科医療機関「こころの診療室」で診療を行なう石井映美さんは鉄道を使った自殺について深刻な問題だと主張し対策案を提言する。石井さんは自殺の手段として鉄道が選択されてしまう原因に関して、意図を遂げられる可能性が高いと思われていること、さらに「例えば高層ビルの屋上と比べて単純に接する機会が多い」と指摘する。鉄道自殺は時には長時間の遅延を引き起こし、場合によっては故人遺族にも賠償金が発生するケースもあるが、自殺志願者は「自殺しかない」と思い込み周りが見えなくなる状態である「心理的視野狭窄」に陥っているという。
では実際にホームなどで不審な動きを見たり思い詰めている雰囲気を感じ取ったりしたら我々はどうすればいいのだろうか。
石井さんは対処方法として声を掛け合って止めることの重要性を説き、石井さん自身がその様な状況下に面した場合はまず「どうなさいましたか?」と声かけを行うだろうという。また「ハイテクでも何でもないけれど人ができる泥臭い方法で止めることが実は一番効果があるかもしれない」とアナログな対処に期待を寄せる。
それに加え、自殺を行う直前の人は、その9割が精神医学的に何らかの診断をつけることができる状態であるという自殺学の定説を紹介し、「医師としてはまずは受診行動に結びつけたい」と話した。診療を受けるにも予約が当日では難しいこと、すぐ判断が下せるものではなく初診でも最低30分を要すことなどの問題は避けられないものの、めげずに予約することや緊急時ならば夜間でも電話できる医療機関サービスの利用や命の危険を感じた場合は自ら警察に連絡し保護してもらうことなどを推奨した。
「教育」の普及に期待
「昨今では義務教育の段階で命を大切にする教育が開始したが、更に普及させる必要があると感じている」と石井さんは言う。欧米諸国などではキリスト教で「自殺は罪」とされているが、日本をはじめとする東アジア地域ではむしろ「けじめをつける」、「潔く責任を取る」などのイメージがある現状に触れ、その根本的な状況を変える必要性を主張した。
石井さんは早稲田大学で「精神医学概論」という授業を担当しており、全14回のなかで2回ほど「自殺予防演習」を行う。死にたい悩みを持った主人公とそれをサポートする友人などに分かれたロールプレイを通して、自殺願望を抱いた事がない人も当事者としてその状況を体験し考えることが狙いだという。文部科学省によると高等学校の保健教育の授業に「精神疾患の予防と回復」が2021年導入された。精神疾患はとても身近な疾病でありその特徴や健康課題を理解し、解決に向けた力を育むことが目標だ。
「一次予防としての授業や研修は自殺願望者だけでなく、多くの人に届ける事ができるため早いうちから意識を持って欲しいです」。石井さんは強く訴えた。