
2025年、上智大学の「ソフィアンズコンテスト」でドラァグクイーンのクアラルンプール・とき子さん(同大学総合グローバル学部総合グローバル学科4年)がグランプリに輝いた。大学3年生の時に慢性骨髄性白血病と診断され、命を失う可能性をも直視して「100%で生きたい」と封じ込めてきた表現への想いを解き放った。同コンテストは上智大のミスコン廃止後に作られた。同大学ではかつて女子学生の写真冊子「美女図鑑」がルッキズムへの批判を受けて廃止されたほか、性暴力被害者への偏見やハラスメントに向き合うアート展示が学内で続けられるなど、「美」や性差別をめぐる問いは繰り返されてきた。
問うた「当たり前」

冷たい風が吹き始めた昨年12月の昼下がり、早大通りは学生や近所の人がぽつぽつと行き交うだけで、静かに落ち着いていた。そこに遠くから歩いてくるクアラルンプール・とき子さんの姿は一目でそれと分かった。準備に2時間はかかる精緻なメイクと、頭上に大きくそびえるウィッグ。その華やかさはひときわ鮮やかに浮かび上がった。ドラァグクイーンとは、「(ドレスの)裾を引きずる」という意味のdragに由来し、誇張した女らしさや女装といった性表現でパフォーマンスを行う人々のことを指す。ゲイのシスジェンダー(性自認が、生まれた身体の性と一致する人)であることが多いが、様々な性的指向や性自認をもつ担い手が存在する。
タイで幼少期を過ごしたとき子さんにとって、トランスジェンダーやゲイの人々が日常の風景に溶け込む環境は当たり前だった。「屋台などでそういう方を見ることがすごく多かった。だから抵抗はなかった」。大学のミュージカルサークルでの女装パフォーマンスが活動の原点となった。本格的に志す決意を固めたのは、大学3年生の時に慢性骨髄性白血病と診断されたことだった。病と向き合い、死の可能性をも直視した。「死ぬって分かったら、100%で生きたい。幼少期から封じ込めてきたものを、もう後回しにしないと思った」と振り返る。

ソフィアンズコンテストへの応募も、その延長線上だった。「性別を問わない」という一文に目がとまり、「どこまで受け入れられるのか」という好奇心と半信半疑の気持ちで応募した。コンテストの候補者になると、コンテストスポンサー企業の製品PRに起用される。その撮影ではウェディングドレスかタキシードかの二択を迫られ、他大学のコラボイベントでは「男女どちらの控室に入れればいいか」と問われた。「どっちでもいい、どっちも入ります」と答えるたびに相手が困惑した。「困らせるのが、ある種の反抗でもあった」ととき子さんは笑う。
とき子さんはルッキズムと自身の活動についてこう語る。「『生まれ持った姿で評価される』のがルッキズムだとすれば、自分は『表現したいものを自分の身体に纏って立っている』」。そんなとき子さんの活動に多くの人が惹きつけられた。受験生や同世代からは「上智に入って会えるように頑張る」、「自分も挑戦しようと思えた」というメッセージが届いた。上智大学の卒業生からは「卒業生として誇りに思う」という声があがった。
「挑戦するプラットフォーム」への模索
ソフィアンズコンテストは2020年にルッキズムへの批判を受けてミスコンから刷新された。発信力や影響力を評価軸に据えたが、すぐに新たな理念が浸透したわけではなかった。協賛企業からは「顔のアップを撮ってほしい」という要望が届き、SNSのコメント欄には外見を評価する投稿が並ぶなど、依然として従来のミスコンの雰囲気が残っていた。

ソフィア祭実行委員会で局長としてコンテストを率いた仲野マリアさん(20)=法学部国際関係法学科3年=は「『軸がないとずれていく』という危機感が、『ソフィアンズコンテスト自体を学生が挑戦するプラットフォームとして再定義しよう』という方針を生み出した」という。
審査方法も見直した。評価軸を「挑戦の創造性・革新性・人柄・実行力・達成度」の5つに定め、局員や教授による審査はこの項目に沿って実施された。その上で、InstagramやTikTokのSNS審査、事前投票や当日投票の割合を細かく調整し、「多角的な審査」と「純粋に応援したい気持ち」の両方を反映できる仕組みを整えた。さらにファイナリストと来場者が直接話しながら応援者を決めるコラボカフェも導入した。大学に隣接するカフェスペースで、ファイナリストが一人ひとり自分の言葉で来場者に語りかけ、来場者は気になった候補者のドリンクを購入する。外見ではなく、言葉や姿勢を通じて候補者を知る「推し活」の場には約300人が訪れた。
一方で課題も残る。特に、来場者に占める学生の割合をより増やしていきたいと考える中で、社会的意義を前面に押し出すと「意識高い系だ」と距離を置かれてしまう。コンテストの意義を伝えながら集客につなげることのバランスは難しく、協賛企業の多くは依然として美容系が中心だ。運営体制が毎年入れ替わるため変革の意図を引き継ぐことも容易ではない。それでも「とき子さんがグランプリに輝いたあの瞬間は私たちが目指してきたコンテストの意義を実感できた瞬間だった。と仲野さんは振り返る。「とき子さんが評価されたのは、ジェンダーの多様性を象徴していたからではない。大学生活をかけてドラァグクイーンとして歩んできたストーリーと、その姿そのものが多くの人の心を動かした。誰かが本気で挑戦する姿が、別の誰かの背中を押す。そんな連鎖が生まれる場をつくれたことに意義を感じています。」
そのとき子さんは今、舞台に立っていない。2026年2月の検査入院で慢性骨髄性白血病の急性転移が判明し、移植手術を受けることが決まった。3月末をもってドラァグクイーンとしての活動を休止している。回復までには長い時間がかかる可能性があるという。
変革の内側で
大学の文化に性差別やジェンダー平等の意識を根付かせる取り組みは、一筋縄ではいかない。
上智大学にはかつて「上智大学美女図鑑」という写真冊子があった。写真部から分化したサークルが女子学生を撮影し図鑑として販売するプロジェクトだ。
廃止に踏み切ったのは当時のサークルのメンバーが、外見による恣意的な選別やSNS上での性的ハラスメントの温床になるといった問題意識をもったことがきっかけだった。サークル内の他のメンバーに、この問題意識を共有したところ、内部で廃止に反対する声はあがらなかった。その過程で廃止の相談を受けた上智大学総合グローバル学部の田中雅子教授も「『図鑑がないと困る』という声が外部からあがる話題でもなかった。そのため、学生たちが懸念したような展開にはならず、スムーズに歴史が閉じられた」と話す。

2019年11月、田中教授が所属する上智大学グローバル・コンサーン研究所は「The Clothesline in Tokyo」を実施した。「The Clothesline」とは、メキシコのアーティストであるモニカ・メイヤー氏が世界各地で実践してきた参加型プロジェクトで、差別やハラスメントの経験をカードに記して、「物干し用ロープ(Clothesline)」に吊るし、抑圧や苦難を可視化させ、対話のきっかけを作ることを目的としている。田中教授が「あいちトリエンナーレ2019」でこのプロジェクトを知り、モニカ氏に上智大学での開催を打診したところ快諾を得た。27日間に学内で合計833枚のカードが寄せられた。
プロジェクト開始後、大学側からは、ハラスメントなど経験の収集が研究倫理規定に照らし合わせて適切な手続きを踏んでいたか、また、ハラスメントへの対応として適切な対応をしているかについて確認が求められたが、研究所の役職者を通じて説明を行い、継続が認められた。
集まったカードの中から選ばれたメッセージでプラカードを制作し、学生が参加して差別やハラスメントのないキャンパスづくりを訴えるエンパワメント・マーチも行われた。「一人で声をあげるのは難しい学生も、仲間がいればできる。大事なのは、それが組織文化として根付いていくかだ」と田中教授は振り返る。
2023年に、同研究所は、性暴力の被害者の体験談を集め、被害当時の服装を再現し展示することで「服装が性暴力を招く」という偏見を問い直す「そのとき、あなたは、何を着てた?~What were you wearing?~」を開催した。アメリカの倫理学者メリー・シマリングが、レイプ被害に遭った自分の体験を書いた「What I was wearing(私が着ていたもの)」という詩をヒントに始まったアート・インスタレーションである。「挑発的な服装をした若い女性が性暴力被害に遭う」という先入観をなくし、性暴力とその二次被害を防ぎ、「あなたは悪くない」というメッセージを届けることを目的としている。2014年にアメリカのアーカンソー大学で行われて以来、ヨーロッパやアジアにも広がったこのプロジェクトが日本で実施される初めての場となった。
6.png)
6-300x111.png)