ホーム社会「悪意なきカスハラ」の存在気付いて

「悪意なきカスハラ」の存在気付いて

イヤホンで意思疎通できず

客と店員「対等」 思いやりがカギ

 日本有数の学生街、早稲田の地でもカスタマーハラスメント(カスハラ)の被害が起きている。カスハラ問題の関心の高まりとともに、コンビニエンスストアをはじめとする小売・飲食業では対策が進んでいる。人手不足が喫緊の課題となる中、企業を中心とした集団的な取り組みが必要とされてきている。

「丁寧に、クレームを未然に防ぐ」

店舗で勤務する市川重太朗さん(2026年6月4日14時00分、東京都新宿区 早稲田大学学生会館内のセブンイレブン)深見俊太撮影

 セブンイレブン新宿早稲田高校前店で働く内田さん(40代女性、「職務の都合上」として苗字のみ明らかにする条件で取材に応じた)は、「丁寧に挨拶をすれば、お客さんはそう悪く言えない。クレームを未然に防ぐための声掛けを意識している」と語った。セブンイレブンの別店舗、早稲田大学学生会館店店長の市川重太朗さん(56)は、昨今のカスハラ問題については、コロナ禍以降の心のもやもやが原因でないかと指摘し、まだ一部で言葉遣いが荒い人はいる、あくまで(客と店員は)対等だと述べた。外国人店員が、客の苛立ちトラブルに巻き込まれないよう「外国人店員に対しては(本人の日本語能力を超える、過度に)難しい業務をやらせない。レジ機械の操作に関しては、ひらがな表記の説明書きで見やすく、働きやすいような環境を作っている」と説明した。

 市川さんはかつてプロミュージシャンや芸人だった経歴を持ち、店頭でチューバの演奏サービスやバルーンアートをすることでも有名だ。「プロミュージシャンだった時から人に喜んでもらうことをしたいと思ってました。だから、コンビニ店長になったあとも、学生に楽しんでもらうのがお店のコンセプトなんです」。職場の雰囲気作りにも役立っているという。カスハラに対処する上で、社員とアルバイト店員との風通しを良くする取り組みにもなっている。

お客様第一主義からの変化

波岸孝典さん(2026年7月9日11時58分、東京都千代田区のUAゼンセン本部会議室)深見俊太撮影

 お客様は神様―。日本では昔からこの言葉が定着している。だがこれについて、日本最大の産業別労働組合で、小売業の労働組合も多く加盟する全国繊維化学食品流通サービス一般労働組合同盟(UAゼンセン)の波岸孝典さんは、次のように語った。「(顧客主義の文化は)日本のサービスの質を高め、昔から受け継いできた良き宝物です。ただどんな時であっても、お客さんと従業員・職員の立場は対等であるべきだと思うんですよね」。波岸さん自身がかつて百貨店で勤務していたこともあり、これは、旅館やホテルといった伝統的な文化・接客体系が根強く残る業種にも当てはまる。おもてなしを完全になくす必要はない。しかし、「ある程度のラインを超えたら問題として対処する」という線引きを引くことが肝心だと述べた。これによってカスハラに対して毅然と対応する企業の態度が明確となり、従業員にもそれが周知される。やがて、問題の把握や問題について話し合える環境が出来上がっていくことが期待できるという。

 また、波岸さんは今後の展望として、企業ごとのカスハラ対策の実績を積んで業種・業界ごとのガイドラインを作ることで、対策をより密に行っていくことを見据える。最終的には、条約「ILO190号」への日本の批准を目指したいと語った。2019年に国際労働機関(ILO)の総会で採択された条約で、職場における暴力やハラスメントを防止するための国際的基準となっている。現状ではまだ業種ごとの結びつきは弱いが、大企業から零細企業まで一体となりカスハラ問題に取り組むことで、抑止力が形成されるのは間違いない。そのためには、政府が先頭に立ちカスハラに対する政策・制度作りを後押ししていくことが欠かせない――と波岸さんは語気を強めた。

「社会は変えることができるんだ」

 「大声を出したり、タメ口で話したり高圧的な人はいますよね。でも、一番大きいのは悪気ないけどカスハラっぽく捉えられちゃうことですかね。」こう話すのはのは、ファミリーマート早稲田馬場下町店の店長(40代)。職務の都合上として匿名を条件に話した。例えばタバコを番号ではなく銘柄で注文し外国人店員が困ったり、イヤホンを耳に装着した状態で応対すると店員の言ったことが聞き取れず口論の一歩手前まで発展したり、といったケース。大抵の場合、客本人にとっては悪気はなく、ちょっとの意思疎通の行き違いや思いやりの欠如がコンビニならではのトラブルを生む。「『悪意なきカスハラ』をもっと多くの人に理解してもらいたいですね」。そう、微笑みを浮かべて穏やかに語った。

取材に応じる田所真理子ジェイさん(2026年5月28日13時45分、東京都武蔵野市のNPO法人POSSE事務所にて)深見俊太撮影

 NPO法人POSSEの田所真理子ジェイさんは、自身が取り組む外国人労働者の問題と照らし合わせながらカスハラ問題について、「被害にあった時に声を上げることができる環境づくりが肝要だ」と訴えた。これは、働きやすい職場を作るためでもあるし、企業にとっては貴重な働き手を守るためでもあるという。こうした意識の高まりは、現場から社会を変えていく「社会変革の当事者」である認識を強める。それとともに、「社会を変えていくことができる」という気づきを発信することで、カスハラに対して集団として立ち向かえると田所さんは言う。ただ、「カスハラって、自由に働ける人の文脈で語られると思います」と付け加え、外国人相談などを広く受ける中では「お金がない」「ご飯を食べられていない」などより深刻で緊急性の高い事態も多くあることにも目を向けるよう促した。

法改正後の展望

取材に応じる中村優介弁護士(2026年7月6日11時30分、東京都新宿区の東京共同法律事務所)深見俊太撮影

 今年10月からカスハラ対策を企業に義務付ける労働施策総合推進法などの改正が行われる。UAゼンセンの波岸さんは、カスハラ対策が企業に義務化されることは大きな前進だとした。働き手にとって法律という強固な後ろ盾がこれからは存在することで、堂々とカスハラに対して指摘できるようになる。だが、法律が変わってもそれを従業員が知らなければ意味はない。「だからこそ、企業が推進力となって従業員に周知し、貴重な労働力を守りつづけていくことが重要だ」と波岸さんは言う。
 増加する外国人の働き手にとっては、より分かりやすい線引きでカスハラ問題に対処する取り組みが急務となっている。外国人労働者が直面する問題に取り組む中村優介弁護士は、『悪意なきカスハラ』についてはこれから裁判で争われどこからが法的に罰せられるかの線引きが確立していくとし、「嫌なこと」を社会で認識し合い問題意識として浮かび上がらせていくことが大事だと指摘。同時に、一人の消費者として、普段の買い物からマナーの再確認も必要となってきていると語った。